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第二十二話

Penulis: 美希みなみ
last update Terakhir Diperbarui: 2025-03-28 10:54:22

おはようございます」

明るく元気な声が聞こえて、日葵はハッとして振り返った。

「柚希ちゃん、おはよう」

いつもの出社時間が近づいていたことに気づき、まだ落ち着かない気持ちをなんとか整えると、目の前の仕事に取りかかった。

そんなとき、周りの雰囲気がピリッと引き締まったような気がして、日葵は顔を上げた。

「手が空き次第、ミーティングルームに集まってくれ」

その声に視線を向けると、部屋から出てきた壮一が颯爽と歩いてきた。

さっきとは別人のように、いつも通り完璧な壮一がそこにいた。

シャワーも浴びたのだろう。スーツも違うものに着替えられていて、常に泊まる準備ができていることに日葵は気づく。

途中入社で、社長や会社の期待を一身に背負い、失敗が許されないこの状況でも、弱音ひとつ吐かず、常に冷静に対処してきた壮一。

その言葉に、一斉に返事が返り、スタッフたちはミーティングルームへと向かっていく。

日葵も、目の前の作業に区切りをつけてそのあとに続いた。

ミーティングルームに入ると、大きなモニターには広大な緑が広がる世界。

高台からその景色を見下ろす、ひとりの男の子と女の子。

そして、真っ白な鳥が空へと羽ばたいていた。

「The beginning new world」――新しい始まりの世界。

企画段階で知ってはいたが、こうして映像として目の前に現れたのは初めてで、日葵はその世界観に釘付けになる。

「まだ未完成だが、ここまでで意見を聞きたい」

壮一の言葉に、技術スタッフをはじめ、何十人ものメンバーが目を輝かせて頷いた。

一人の少年が、襲いかかる敵に立ち向かい、仲間を増やしながら戦っていく。

構造自体は、どこか既視感のあるRPGだが、今回は会社の威信をかけ、美しい映像・音楽・クオリティに徹底的にこだわっている。

今までに見たことのない臨場感、命を宿したようなキャラクター。

その完成度は、ゲームの範疇を超え、まるで一本の映画を観ているようだった。

短い映像だったが、気づけば、思わずため息が漏れていた。

すっかりその世界に引き込まれていた日葵は、周囲から意見が出始めたタイミングでようやく我に返る。

慌てて記録をとろうと、パソコンのキーに指を走らせた。

数時間にわたるディスカッションもようやく終わり、各自が自席へと戻っていくのを見送りながら、日葵は上層部に提出する資料の構成を頭の中でまとめ
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    おはようございます」明るく元気な声が聞こえて、日葵はハッとして振り返った。「柚希ちゃん、おはよう」いつもの出社時間が近づいていたことに気づき、まだ落ち着かない気持ちをなんとか整えると、目の前の仕事に取りかかった。そんなとき、周りの雰囲気がピリッと引き締まったような気がして、日葵は顔を上げた。「手が空き次第、ミーティングルームに集まってくれ」その声に視線を向けると、部屋から出てきた壮一が颯爽と歩いてきた。さっきとは別人のように、いつも通り完璧な壮一がそこにいた。シャワーも浴びたのだろう。スーツも違うものに着替えられていて、常に泊まる準備ができていることに日葵は気づく。途中入社で、社長や会社の期待を一身に背負い、失敗が許されないこの状況でも、弱音ひとつ吐かず、常に冷静に対処してきた壮一。その言葉に、一斉に返事が返り、スタッフたちはミーティングルームへと向かっていく。日葵も、目の前の作業に区切りをつけてそのあとに続いた。ミーティングルームに入ると、大きなモニターには広大な緑が広がる世界。高台からその景色を見下ろす、ひとりの男の子と女の子。そして、真っ白な鳥が空へと羽ばたいていた。「The beginning new world」――新しい始まりの世界。企画段階で知ってはいたが、こうして映像として目の前に現れたのは初めてで、日葵はその世界観に釘付けになる。「まだ未完成だが、ここまでで意見を聞きたい」壮一の言葉に、技術スタッフをはじめ、何十人ものメンバーが目を輝かせて頷いた。一人の少年が、襲いかかる敵に立ち向かい、仲間を増やしながら戦っていく。構造自体は、どこか既視感のあるRPGだが、今回は会社の威信をかけ、美しい映像・音楽・クオリティに徹底的にこだわっている。今までに見たことのない臨場感、命を宿したようなキャラクター。その完成度は、ゲームの範疇を超え、まるで一本の映画を観ているようだった。短い映像だったが、気づけば、思わずため息が漏れていた。すっかりその世界に引き込まれていた日葵は、周囲から意見が出始めたタイミングでようやく我に返る。慌てて記録をとろうと、パソコンのキーに指を走らせた。数時間にわたるディスカッションもようやく終わり、各自が自席へと戻っていくのを見送りながら、日葵は上層部に提出する資料の構成を頭の中でまとめ

  • I Still Love You ーまだ愛してるー   第二十一話

    週明けの、いつもより早い月曜日。久々に穏やかな気持ちでいられるのは、昨日の時間があったからかもしれない。日葵はそう思いながら、電車の外を見ていた。まだ誰もいないフロアに入ると、備品のチェックや清掃の確認をする。少しでもみんなの仕事を減らすべく、日葵は自分のパソコンを立ち上げた。プレスリリースまで2カ月を切り、大手ゲーム機メーカーからも発売されるため、接待や会議の予定も多く組み込まれるようになってきた。そうなると、やはり壮一が出席することも増える。(こんなに会議や接待が入って……いつ眠れるのよ。……関係ないけど)壮一のことを考えたくない気持ちと、どうしても気になってしまう自分に、日葵はため息をこぼす。昨日、崎本との楽しい時間を過ごし、壮一のことを考えないようにしようと心に決めても、嫌でも考えなければいけないこの状況はどうしようもない。制作現場でも必要な人間である壮一のスケジュールは、重要を示す赤色の文字で溢れていた。(いつ、自分の仕事をしているんだろう……)そう思い、無意識に壮一の部屋の方向へ視線を向けると、明かりが漏れているのがわかった。消し忘れたのかと思い、そこへ足を向けた日葵は、ドアを開けて息を飲んだ。ブラインドから差し込む光にも気付かず、机に突っ伏して眠る壮一の姿が目に入る。いつものキッチリとしたスーツ姿ではなく、上着はデスクの前にあるソファに無造作にかけられていて、ネクタイも投げ出されていた。いつでも完璧で、乱れた姿など見たことのなかった日葵は、その光景に、なぜか胸がギュッと締め付けられる。当たり前だが、壮一だって人間だ。この数カ月、壮一が来てからのチームの一体感は格段に上がり、壮一のすごさを日葵自身も実感していた。上との連携もスムーズになり、スタッフも増え、日葵の負担も確実に減った。そう。当たり前だけど、壮一の負担は確実に増えている。そんなことすら気づいていなかった。それほど自分の気持ちにいっぱいいっぱいで、過去のことで頭がいっぱいだった自分は、なんて子供なのだろう。壮一は、自分と違って努力なしに、才能だけで簡単に何でもできる。どうせ自分だけがなにもできない、普通の人間。――そんなふうに思っていた自分が恥ずかしかった。音を立てないようにそっと近づいて、散らかったデスクと疲れた顔の壮一の寝顔をじっと見つめ

  • I Still Love You ーまだ愛してるー   第二十話

    「長谷川、ここで待ってて。飲み物買ってくる」少し先にあるコーヒースタンドを指さす崎本に、「ありがとうございます」と日葵は素直に従った。ここ最近、仕事でもミスをしたり、多忙を極めていた日葵は、ベンチに座るとぼんやりと海を眺めていた。昼過ぎの天気のいい海沿いは、キラキラと光が反射してとても綺麗だった。「はい、コーヒーでよかった?」手に二つのカップを持った崎本に、日葵は小さく頷くとそれを受け取った。「部長、ありがとうございます」そんな日葵の言葉に、崎本は柔らかい微笑みを浮かべると、日葵の横へと腰を下ろす。「何を考えてた?」「え?」いきなり言われた質問の意味がわからず、日葵は隣の崎本を見た。「とくには何も……。久々だなって。こんなゆっくりとした時間って」日葵のその答えに、崎本はホッとしたような表情を浮かべた。「向こうから戻ってくる時、あまりにも長谷川の横顔が遠くを見てる気がして、なぜか知らない人みたいに見えた」そこまで言った崎本は、めずらしく苦笑すると「何を言ってんだよ俺」と海に視線を向けた。「部長……」最近いろいろありすぎて、現実逃避していたのかもしれない。そんな心情が出ていたのだろうか?そんな真剣な崎本に、日葵の中にだんだんと疑問が湧き上がる。こんな中途半端な気持ちを持っている私が、部長のそばにいていいのだろうか?真剣に自分と向き合ってくれていることが、今日一緒にいるだけでも痛いほど日葵には伝わった。「あの、部長」「ん?」優しく微笑まれ、日葵はどう言葉にしていいか思い悩む。「今日は誘っていただいてありがとうございました。それで。あの」うまく言葉が見つからず、言葉を止めた日葵が何を言いたいのか、崎本は悟ったのだろう。「清水君? 長谷川をこんな風にしたの?」その言葉に、日葵は驚いて顔を上げた。「図星か」日葵の表情が、YESと答えてしまっていたのかもしれない。何も言えずにいた日葵に、崎本は髪をかき上げると小さく息を吐いたのがわかった。「聞いてもいい?知らないと俺はどうしようもできないから。それに、俺はずっと長谷川に好意を持っていることを伝えてる。聞く権利はあるよな?」珍しく強い口調の崎本に真剣な瞳を向けられ、日葵は小さく頷いた。日葵はキュッと唇を噛んだ後、ゆっくりと言葉を発した。「清水チーフとは、幼馴染ってことは言いま

  • I Still Love You ーまだ愛してるー   第十九話

    日曜日、崎本と昼に待ち合わせをしていた日葵は、朝早く目覚めてしまい、ため息交じりにベッドから降りた。壮一がいなくなったあの日から、ことごとく男の人を寄せ付けてこなかった日葵にとって、男の人と二人でどこかへ行くことは、やはり気が重かった。そんなことに慣れてもいないし、何を話すべきかもわからない。そんなことを思いながらも、日葵はいつも通り化粧をして、仕事のときよりは少しだけ明るい色の服を選ぶと、鏡に映る自分を見た。男の人とどこかへ行った記憶と言えば、壮一以外ない。その事実に気づき、自分でも少し自嘲気味な笑みが零れる。(私、何をしてたんだろう)別に壮一に義理立てする必要などもちろんなかったのに、結果だれとも付き合うことなく男嫌いのようになったのは、まぎれもなく壮一のせいだ。日葵はそんなことを思いつつも、まだ待ち合わせまで時間があるが出かけることにした。今日は壮一に会わなかったことに安堵して、待ち合わせの駅へとゆっくり歩く。梅雨ももうじき終わり、本格的にやって来るだろう夏を前に、少しだけ暑くて、日葵は長袖のカーディガンの袖をまくった。「長谷川」不意に聞こえた声に、日葵は振り返った。そこにはラフな格好をした崎本がいて、日葵は驚いて目を見開いた。「部長……早くないですか?」「それを言うなら長谷川もだろ?」確かにその通りだ。崎本が早いのなら、日葵も早いに決まっていた。お互いどちらからともなく笑いが漏れる。「ようやく長谷川が出かけることを了承してくれたと思ったら嬉しくて」サラリとその言葉を言う崎本は、大人で恋愛経験も豊富なのだろう。私服の崎本は、実年齢よりも若く見え、壮一とは違った魅力をもっている。優しそうで誠実そう。そんな印象を持つ人が多いだろう。そんなことを思いながら、日葵は正直に崎本に話すことにした。「部長と違って私は、あまりこういう経験がないので……どうしていいかわからなくて」最後の方が、こんなことを告白している自分が恥ずかしくて、日葵の声は小声になる。「え? 長谷川が?」意外そうな崎本の言葉に、日葵は小さくため息をついた。「どういう意味ですか?」「ごめん。それだけ可愛いし、モテてるし、意外だった。悪い意味じゃない」そう言うと崎本は優しく微笑む。「長谷川は何もしなくていい。今日は俺に付き合って?」その優しさに、

  • I Still Love You ーまだ愛してるー   第十八話

    「日葵、話したいならきちんと説明しなきゃ」 鞠子の言葉に、日葵は言葉に詰まる。「つまりね、日葵は淡い恋心を清水チーフに持っていたのに、清水チーフは日葵に何も言わずにアメリカに行ってしまった。ずっとずっと一緒にいたのに」 代わりに簡潔に説明した鞠子の言葉が、日葵の心の中に突き刺さる。(やはり壮一は私を捨てた)「でも、どうして清水チーフは何も言わなかったんですかね? 何も言えなかったってこと?」 黙って聞いていた佐奈だったが、少し考えた後、日葵が考えたことのなかったことを口にした。(言えなかった?)「そうかもしれないわね」 そう答えた鞠子の言葉に、日葵の中で「どうして?」が駆け巡る。「それで、清水チーフに迷惑をかけたことが、日葵は引っかかってるの? それに、やっぱりまだチーフのことが気になるから、誰の誘いにも乗らなかったってこと?」 一人納得したように言う佐奈の言葉に、日葵は思わず声を上げる。「違う! そんなことは絶対ない! 私はもうそうなんて、壮一なんて……」 ついムキになって言ってしまい、日葵は言葉を止めた。「日葵……」「どうして私をこんなに振り回すのよ……。大嫌いなのに……」酔いも手伝って、呟くように言った日葵を、二人はただ見ていた。千鳥足でふわふわとしながら、タクシーを降りてエレベーターに乗り込む。「遅かったな」「え?」 誰もいないと思って乗ったエレベーターから聞こえた声に、日葵は目を丸くする。「チーフ……」 地下駐車場から乗ってきたのだろう、壮一に出くわして、日葵は言葉に詰まる。「気分転換できたか?」「あ……はい。先に帰ってすみません」「別に仕事もないのに残ることないだろ?」 その辛辣な言葉に、日葵は言葉を失った。「あっ、悪い。そういう意味じゃない」 日葵の顔色が変わったのに気づいたのか、壮一は小さくため息をついた。「どういう意味ですか?」 もう半ばヤケになり、日葵は顔を上げて壮一を見た。「無理をさせたくないだけだ」 いきなり言われたその言葉に、(柚希ちゃんをじゃないの?)と素直じゃない思いが溢れる。「誰をですか? かわいい柚希ちゃん?」「はあ?」 苛立ちを含んだその言葉と同時に、エレベーターは二人の階へと着き、音もなく扉が開いた。「ほら、降りろ」酔っているからだろうか、感情がコントロー

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